2026年1月12日


発達障害と物忘れの違い|単なる記憶力低下と病気の見分け方
「物忘れ」と「発達障害」の境界線
「あれ、何を取りに来たんだっけ?」
こんな経験は誰にでもあるでしょう。しかし、その物忘れが日常生活に支障をきたすほど頻繁になると、不安を感じるものです。それは単なる記憶力の低下なのか、それとも発達障害の特性なのか・・・この見極めは非常に重要です。
精神科専門医として多くの患者さんを診察してきた経験から言えるのは、「物忘れ」という症状の背景には、実に様々な要因が隠れているということです。加齢による自然な記憶力の低下、ストレスや睡眠不足による一時的な認知機能の低下、そして発達障害の特性としての注意・記憶の問題・・・これらを正確に見分けることが、適切な対処法を見つける第一歩となります。
発達障害における「物忘れ」の本質
発達障害、特にADHD(注意欠如・多動症)における「物忘れ」は、一般的な記憶力低下とは異なる特徴を持っています。
ADHDの方の物忘れは、記憶そのものの問題というよりも、「注意」と「ワーキングメモリー」の問題です。ワーキングメモリーとは、情報を一時的に記憶しながら、同時に別の作業を行う能力のことです。例えば、会話中に相手の話を覚えておきながら自分の返答を考える、といった日常的な場面で必要とされる機能です。

ADHDの方は、このワーキングメモリーの容量が小さい傾向があります。そのため、「複数の指示を一度に覚えられない」「会話中に話が逸れると元の話題を忘れる」「作業中に別のことに気を取られると、何をしていたか忘れる」といった困難が生じやすいのです。
ADHDの物忘れの特徴
注意の散漫さが原因となる物忘れには、以下のような特徴があります・・・
- 気が散りやすく、他のことに注意が向くと忘れてしまう
- 忘れ物や落とし物が多い
- 約束や予定を忘れることが頻繁にある
- 物の置き場所を忘れる(鍵、財布、スマートフォンなど)
- 複数のタスクを並行して行うと混乱する
これらの症状は、幼少期から継続して見られることが多く、大人になってから突然現れるものではありません。ただし、社会生活が複雑になる成人期に入ってから、初めて困難として認識されるケースも少なくありません。
自閉スペクトラム症(ASD)の記憶の特性
一方、自閉スペクトラム症(ASD)の方の記憶には、また別の特徴があります。
ASDの方は、特定の分野に関する記憶力が優れていることがあります。興味のある分野については、細部まで正確に記憶できる一方で、興味のない情報や日常的な出来事については記憶に残りにくい傾向があります。これは記憶力そのものの問題ではなく、注意の向け方や情報処理の仕方の違いによるものです。
単なる「物忘れ」との決定的な違い
では、加齢やストレスによる一般的な物忘れと、発達障害の特性としての記憶の問題は、どのように見分ければよいのでしょうか?
最も重要な判断基準は、「いつから症状があるか」です。
発達障害は生まれつきの脳機能の発達の偏りによるものです。つまり、幼少期から何らかの特性が見られているはずです。「子どもの頃から忘れ物が多かった」「学生時代から遅刻癖があった」「昔から整理整頓が苦手だった」といった、長年にわたる一貫したパターンがあるかどうかが重要な手がかりとなります。

進行性の有無
認知症などの病的な記憶障害は、時間とともに進行していきます。
しかし、発達障害の特性は進行性ではありません。むしろ、環境調整や対処法の習得により、日常生活の困難さは軽減することが可能です。「最近急に物忘れがひどくなった」「以前はできていたことができなくなった」という場合は、発達障害以外の原因を考える必要があります。
記憶の質的な違い
認知症の初期症状としての記憶障害は、主に「新しいことを覚えられない」という形で現れます。数分前の出来事を忘れる、同じことを何度も繰り返し質問する、といった症状が特徴的です。
一方、ADHDの記憶の問題は、「注意が向いていないことを覚えていない」という特徴があります。興味のあることや注意を向けていることは比較的よく覚えているのに、興味のないことや注意が散漫だったときのことは記憶に残らない、というパターンです。
専門医による診断の重要性
「もしかして発達障害かもしれない」と感じたとき、どうすればよいのでしょうか?
まず重要なのは、自己判断で結論を出さないことです。
発達障害の診断は、専門医による詳細な問診、心理検査、必要に応じた脳画像検査などを総合的に評価して行われます。単に「物忘れが多い」という症状だけで発達障害と診断されることはありません。
診断プロセス
当院での発達障害の診断プロセスは、以下のような流れで進みます・・・
- 詳細な問診:現在の困りごと、幼少期からの発達歴、学校や職場での適応状況などを伺います
- 心理検査:WAIS-IVなどの知能検査、発達障害スクリーニング検査を実施します
- ワーキングメモリーの評価:注意機能や作業記憶の特性を調べます
- 鑑別診断:うつ病、不安障害、認知症など、他の疾患との区別を慎重に行います

診断は、レッテル貼りをするためのものではありません。
診断を通して、ご自身の特性を正しく理解し、適切な対処法を見つけることが目的です。自己理解が進むことで、周囲からのサポートも得られやすくなります。
他の疾患との鑑別
物忘れの原因として、発達障害以外にも様々な可能性を考慮する必要があります。
うつ病では、気分の落ち込みとともに集中力や記憶力の低下が見られます。不安障害でも、不安や緊張により注意が散漫になり、物忘れが増えることがあります。甲状腺機能低下症などの身体疾患が原因のこともあります。
また、高齢者の場合は、認知症との鑑別が特に重要です。未診断のまま社会生活を営んできた発達障害の方が、高齢になって初めて受診されるケースも増えています。この場合、発達障害の特性と加齢による認知機能の変化が重なり、診断が複雑になることがあります。
日常生活での対処法と工夫
発達障害の特性としての物忘れには、どのように対処すればよいのでしょうか?
重要なのは、「記憶力を鍛える」のではなく、「記憶に頼らない仕組みを作る」ことです。
環境調整の具体例
ADHDの方に特に効果的な対処法をいくつかご紹介します・・・
- 物の定位置を決める:鍵、財布、スマートフォンなど、よく使うものは同じ場所に置く習慣をつける
- 視覚的なリマインダーを活用:付箋、ホワイトボード、スマートフォンのアラーム機能などを積極的に使う
- タスクを細分化する:複雑な作業は小さなステップに分け、一つずつ確実にこなす
- チェックリストを作成:出かける前の持ち物チェック、仕事の手順確認など、リスト化して視覚化する

薬物療法の役割
ADHDに対しては、薬物療法が有効な場合があります。
メチルフェニデートやアトモキセチンなどの薬剤は、脳内の神経伝達物質のバランスを調整し、注意機能やワーキングメモリーを改善する効果が期待できます。ただし、薬物療法はあくまで症状を緩和するものであり、環境調整や行動療法と組み合わせることで、より効果的な治療となります。
カウンセリングとソーシャルスキルトレーニング
当院では、公認心理士や臨床心理士による専門的なカウンセリングも提供しています。
カウンセリングでは、ご自身の特性を理解し、日常生活での具体的な対処法を一緒に考えていきます。また、ソーシャルスキルトレーニングを通じて、コミュニケーションの困難さや対人関係の問題にもアプローチします。
まとめ:正しい理解が第一歩
発達障害と単なる物忘れの違いを見分けるポイントをまとめます。
発達障害の特性としての物忘れは、幼少期から継続して見られる一貫したパターンがあり、進行性はありません。注意の散漫さやワーキングメモリーの問題が背景にあり、興味のあることは覚えているのに、興味のないことや注意が向いていないことは記憶に残らない、という特徴があります。
一方、加齢による物忘れは中高年以降に徐々に現れ、認知症は進行性があり、新しいことを覚えられない、数分前の出来事を忘れる、といった症状が特徴的です。
「もしかして」と感じたら、自己判断せず、専門医に相談することが大切です。
診断を受けることで、ご自身の特性を正しく理解し、適切な対処法を見つけることができます。また、必要に応じて診断書の作成や、休職・復職のサポートも可能です。
物忘れに悩んでいる方、発達障害かもしれないと感じている方は、一人で抱え込まず、まずはご相談ください。下北沢駅から徒歩1分、完全予約制でプライバシーに配慮した診療を行っています。
詳しい診療内容や予約方法については、シモキタよあけ心療内科の公式サイトをご覧ください。精神科専門医として、皆さまの心のやすらぎをサポートいたします。
著者プロフィール
「シモキタよあけ心療内科 院長 副島正紀」

〜こころに、よあけを〜
【資格・所属学会】
認知症診療医
日本精神神経学会 精神科専門医
日本精神神経学会 精神科指導医
精神保健指定医